6/08/2016

ヨセミテ-デスバレー旅行 その2

ヨセミテ-デスバレー旅行 その2。
ヨセミテ-デスバレー旅行 その1 」はこちらから

2日目は、早朝のヨセミテ、タイオガパス、リーバイニングを経て、US395号を南下してビショップ、マンザナール国定史跡を観光、最終目的地のローンパインへ、といった内容です。

さて、この5月末の時期の日の出は5時半ぐらい。
なんと5時には起きて、その30分後、子供たちをパジャマのまま連れ出して夜明けのヨセミテバレーへ出発!!
有名スポットのトンネルビューへ到着。あたりは明るいけど、日の出前。結構たくさんの人が日の出を待っていました。カメラを数秒おきに自動撮影にして定点観測?している人や、寝袋持参で陣取って夜明けを迎えている人、などなど。


トンネルビューからヨセミテバレーを一周して、ところどころ滝スポットなどで車を止めて散歩や記念撮影。
(ヨセミテ滝です。3月より水量増してます。)
 
 
 
 
そうそう、早朝のヨセミテバレーではヒッチハイクしている人がいたなぁ。まだバスが動いていないからでしょうね。ウチの車に余裕があれば乗せてあげたのですが、残念。

早朝のヨセミテバレー、よかったです。

一度、ホテルに戻って朝ご飯。
いつものように、炊飯器を持ち込んでお米を炊いて、朝からおにぎりと、食パン。
コーヒーも備え付けを入れて、しばしテラスで休息。
(テラスからの眺めです。)

さて、出発です。

(昨日真っ暗で星空を眺めて、ハーフドームビューです。)
 
次の目的地は、Tuolmine Grove (とぅおるみね・ぐろーぶ)の簡単トレイルです。
セコイヤの巨木の真ん中をくりぬいて、登山道になっている場所があるのです。
(なぜくりぬいた?)

簡単トレイルですが、結構しんどい。子連れだと予想の2倍時間がかかります。
30分と記載があったので60分程度でしょうか。
行きは下り、帰りは上りでした。

トイレを済ませて、次の目標へ。

ヨセミテ・クリーク・ピクニックエリアへ
雪解けで水量が増したマーセド川のほとりで、若干寒いけど、常に気持ちのいい天気で、お菓子を食べてちょっと休憩。

このあたりは標高2000m以上あって、そこかしこに残雪がありました。

さて次のポイントは「Olmsted Point」。しかし、この近辺へ到達するころには雨、もしくは雪?雹?が降ってきました。気温は2℃…
ですが、次男は朝の段階から元気全開しっぱなし。
気温が2℃でも、鼻水たらしながら元気に写真撮影。

(遠くにハーフドームが見えます。トンネルビューとは逆からの眺めです。)

次は「Tenaya Lake」、ですが寒すぎて車はヒーターオン。ちょこっと降りて、ちょこっと雪で遊んで。すばやく写真撮影で次へ出発となりました。
(湖は凍ってました)
 
そこからは、シエラネバダ山脈を東に抜けて、リーバイニングへ。
モノレイクなども見えますが、こちらは帰路によることにして通過。

ここからUS395号を通って一路、南下します。
このU.S Route 395は素晴らしい景色です。パノラマ街道と呼ばれているらしいです。
右手には雪をかぶったシエラネバダ山脈、左手は草原とこれまた山脈。
空が広い!!
日本の夏の空も入道雲があったり好きですが、カリフォルニアの空は本当に広くて高いです。
今車で走っている場所は晴れていても、遠くで雨雲と雨が降っているのが見えます。

(向こうでは雨が降っているのが見えます。)

Bishopという町までノンストップで行きます。

ここで事件が…
対向車線にパトカーが止まっており、パトランプ点灯させて、こちらの車線へ移動してきたのがバックミラーで見えました。
法定速度65Mile/hであれば、僕は70-75Mile/hで走っているのですが、このときは巨大トラックを追い抜いていたので80Mile/hは出ていました。そのまま、追い越し車線から走行車線:右側へ移って走っていると、気づけば隣にさっきのパトカーが・・・
え!?と思って見たスピードメーターは約75Mile/h・・・死んだか・・・
するとパトカーが僕の前に車線変更し、赤青パトランプを点滅、その後サイレン・・・死んだ・・・捕まった・・・
と思いきや、僕の車の前のシビックに何やら拡声器でアナウンス。

そのまま、シビックとパトカーが右の路肩へ移動し、停車しました。
前の車が速度超過で捕まったのでした。

僕はただ、運が良かっただけですね。本気で捕まったと思いました。
こちら:カリフォルニアではパトカーは速度超過車の後ろに引っ付いて、パトライトを点灯してそのまま路肩へ行くんですね。
日本だと、運転者の死角にはいって、パトライト点灯させて、サイレン鳴らして、捕まえる車の前に入ってから路肩に停車。ですね。

本当に血の気が引きました。それからはこの度はずっと法定速度を守って安全運転+燃費走行。
ま、ハイウェイはだいたい65Mile/h、町に入ると35-45Mile/hになり、学校があれば25Mile/hになります。
Bishopの街に近づくと、道路標識の65Mile/hが突然45→35Mile/hになります。
このBishopでも警察が速度超過を取り締まっており、実際つかまっているのを目撃しました。

(このあたりはOWENS Valleyというらしいです。)

そんなこんなで、Bishopの街に到着。
ヨセミテでは気温が2度だったのに、ここは砂漠、気温は30度以上。
すっごい田舎っぽい業務用スーパーみたいなお店で食料を買い込んで、VOTE?というガソスタでガソリンを入れて、出発。

ガソリンは1ガロン:Plemiamは大体$3.19程度。でも入れていて気付いたのですが、Safewayの会員カードがあれば、割引が受けられた様子。入れた後に気づいた…
ちなみに帰りに同じガソスタで会員カードを使って支払うと、なんと$0.40割引! 合計$7ドル以上割引になったのでした。
Safewayカードがあればガソリン割引受けられてお得。

次の目的地は、個人的に最も行きたい場所であるマンザナール国定史跡。
山崎豊子の「二つの祖国」を読んでから、絶対に行きたいと思いました。
到着は夕方4時。閉館時間が4時半ってネットにあったから急がないと、と思いましたが、夏営業時間帯で閉館は5時半でした。
ジュニアレンジャープログラムに参加。
このプログラム、かなり大変です。英語なのはもちろんですが、しっかり資料館内を見て理解して、そしてプログラム冊子の問題を解いてゆくのです。
このプログラムに沿って、バラックの宿泊舎や、慰霊碑、病院跡、野球場跡、日本庭園跡などを回ります。
(慰霊碑です。遠く向こうにシエラネバダ山脈が見えます。)
 
映画も上映されており、こんなに残された資料があるのか。と驚くぐらいしっかり資料が残っていました。音声まであります。まだ71年前のコトですもんね。
資料館をつくる際には、実際にマンザナーに留置された方が献身的にお手伝いしていただいたようで、まだ存命の方もいらっしゃるらしいです。
サンノゼの空港は「ミネタ空港」といいます。このミネタさん(元市長)も収容所におられたようです。

ここで、資料館のレンジャーに、「日本の学校の教科書にはこの歴史は載っていない、習わない」と言うと驚いておられ、沢山資料をいただきました。この史跡はアメリカの過去の過ちとして認識されており、謝罪や損害賠償もされております。きっちり小学校で習います。娘の教科書に載っておりました。しかし、どのように太平洋戦争が終結したのか、広島・長崎の原子爆弾のことは一言も教科書では触れておりませんでした。いろいろ考えさせられますね。

さて、ジュニアレンジャープログラムを頑張って取り組みましたが、完成できず…
レンジャーと相談して、宿題にして、翌日デスバレー観光の帰りに寄って完成させる、こととしました。「明日まってるからね。」と言われて、さよならしました。

このマンザナール国定史跡については、もっと沢山記載したいことがあるのですが、今回は割愛します。
機会があれば記事にしたいと思います。

次は、今晩の宿泊地であるLone Pineへ向かいます。マンザナールからはすぐです。

砂漠の田舎町のLone Pineに到着。

田舎っぽいモーテル「Dow Villa Motel」に宿泊です。ネット予約済み、一泊99ドル、サービス+税込。

(いかにもアメリカ映画に出てきそうなモーテル。)
 
鍵も、普通のKeyで、手前に少し引き気味にしないと鍵が回らないという…
部屋も綺麗っぽくリノベーションしているけど、建物自体は僕より年季が入っていそうです。

子供達は、モーテルのプールに入る気満々でしたが、親は双方疲労しており、そのまま夕食へ。

ステーキハウスやマクドナルドがありましたが、モーテル横のレストランで食事。
田舎のファミレスみたいな雰囲気。まあまあ美味しかったし、店員さんが子供を本当に気遣ってくれて、とっても助かりました。

瓶ビールを飲んだのですが、めちゃめちゃ美味しかった。人生でトップレベルの美味いビールでした。
ビールって、その状況や環境で味がかわるよね。うん。
あと、瓶から飲むのもいいよね、うん。

食事が終わると、入浴。妻にお任せ、いつもありがとう。

入浴後は、マンザナールのジュニアレンジャープログラムの復習と、あすのデスバレーのジュニアレンジャープログラム(前もってネットで印刷済み)の予習を、娘と一緒にやって、就寝。

明日は、本命のデスバレー。地面が90℃を超えるらしいです。

次回へ続く。

6/03/2016

ヨセミテ-デスバレー旅行 その1

メモリアルデーの3連休を利用した「ヨセミテ-デスバレー旅行 その1」です
1日目です。
といっても、初日は移動がメイン。

娘の小学校が終わるのが15時過ぎ、帰宅してからすぐ出発。4時半出発。
今日の目標は、ヨセミテの入り口直前の「Yosemite View Lodge」の宿までたどり着くこと。
可能であれば日没のヨセミテバレーを見ること。です。

途中、コストコガソリンで給油して、ついでに近くのIN-N-OUTバーガーで夕食。

経路は以下です。
 
以前はMantecaを通って120号へ行きましたが、今回はGoogleナビの示すに従い、Stocktonでフリーウェイを降りてヨセミテへの120号へ向かいました。
 
日が沈んでから、薄暮の時間帯を山道走っていたのですが、シエラネバダ山脈の景色はとても美しかったです。 東に一番星が見えて、どんどん暗くなる中進みました。
ヨセミテのハーフドームビューに着いたときは真っ暗。
車を止めて、夜空を見上げると、言葉どおり「満点の星空」でした。
 
さて、夜9時過ぎには宿に到着。以前は3月末のシーズンオフに一度宿泊しましたがその時は$130程度、今回はシーズン中であり$250ぐらい…でも、川沿いに面した前よりいい部屋でした。
 
僕は、4時間の運転でさすがに疲れたので、すぐに寝てしまいました。
子供達は適当に遊んでいましたが、妻がお風呂(デカい浴槽でジェットバスあり!)に入れてくれて、さらに楽しんだようです。
 
(大きなベットが大好きな次男と、夜にお菓子でパーティーするのが大好きな長女です。)
 

翌日は、日の出前から起きて、ヨセミテバレーの日の出を見に行く予定です。
さて、起きることができたのでしょうか?
(日の出直前のトンネルビューです。)

次回へつづく。

6/02/2016

メモリアルデーを利用した国立公園めぐり

5月30日月曜がメモリアルデーでお休み、補習校もお休み。

ってことで、金曜の夜から月曜にかけて公園めぐりに行きました。

05/27 デイビス - ヨセミテ (移動のみ)
05/28 ヨセミテ - デスバレー (ヨセミテ;タイオガパス、マンザナール)
05/29 デスバレー - マンモスレイク (デスバレー)
05/30 マンモスレイク - デイビス (ジューンレイク、モノレイク、ボディ)

総走行距離1000マイルちょい。給油は3回。
最低気温2度、最高気温40度。
標高最高点約3000m、最低点約-80m。

29日宿泊の予定であったマンモスレイクの宿が、なぜか30日で宿を予約していた痛恨のミスあり。

ですが、大きなトラブルもなく、十分満足して帰宅となりました。

教訓は「4時間以上運転すると、変な汗が出てくる」です。

 
後日まとめて旅行記を作成したいと思います。
(ヨセミテ+デスバレーの入り口です。パノラマ撮影してみました。)


(今回の大まかな経路です。行きはヨセミテ帰りはタホ経由で、合計約1000マイル:1600kmです。)

5/27/2016

オバマ大統領 広島スピーチ

5月27日にオバマ大統領が広島を訪問し、スピーチされました。

オバマ大統領は今年の11月来年の1月で任期を終え、退任されます。
次の選挙がないから可能となった広島訪問+スピーチと考えられますが、歴史的大イベントだと思います。
5月30日がアメリカの祝日「Memorial Day」で、何か考えてしまいます。
時期的には伊勢志摩サミットがあったから、この時期になったのでしょうが…

個人的意見はいろいろありますが、オバマ大統領のスピーチを英語で聞いて理解したいと思いました。20分弱にわたる長いスピーチです。
日本発信のスピーチ動画は同時通訳が入っています。
やはり同時通訳は、理解しにくいところがあります。

米国でのニュースです。
At Hiroshima Memorial, Obama Says Nuclear Arms Require ‘Moral Revolution’
http://www.nytimes.com/2016/05/28/world/asia/obama-hiroshima-japan.html?_r=0

スピーチ全文です。
http://www.nytimes.com/2016/05/28/world/asia/text-of-president-obamas-speech-in-hiroshima-japan.html

スピーチ動画がホワイトハウスのYoutubeチャンネルにありました。
https://youtu.be/tNzt7gVz56c

これを機会に自分で理解して考えたいと思います。

一番心に残ったのが最後のパラグラフのはじめ部分です。
The world was forever changed here, but today the children of this city will go through their day in peace. What a precious thing that is. It is worth protecting, and then extending to every child.
自分訳「この広島は永遠に変わってしまいました。しかし、今日この広島では子供たちが平和に暮らしています。これはなんと素晴らしいことでしょうか。この平和な暮らしは、守るべきで、すべての子供達に広げていく価値があります。」
アメリカ的思考で、子供たちの幸せを考えた発言ですね。
日本の国会でニュースになるのは、ほんとアホらしい事ばっかりで、子供たちの未来のため、といった政策がニュースになることはないのが非常に残念です。
子ども手当を増やして、子供の扶養控除を撤廃したのち、子ども手当を限界まで減らす。
すごいね。日本。

追記:調べた英単語
ponder
mourn
inward
zeal
a countless toll
depravity
righteousness
understand the cosmos
the bomb fell
Mere words cannot give voice to such suffering.
witness
corruption
cruelty
stockpiles
fanatics
diplomacy
endowed
irreducible

(いつか撮影したか忘れましたが、新幹線からの富士山です。)

5/26/2016

If I were ... 英語

「If I were ...」についてです。なんでwere ?

中高生の時に習ったが忘却の彼方… あっさりググります。
「仮定法過去」です。
実際に話題にしたり話をしている時は過去ではないけれど、過去形を用いるので「仮定法過去」です。
「もし私が…だったなら」ですね。
ここでの仮定法過去は、ありえない現在の現象に対して仮定した場合です。
「If I were you, I would diverce him.」
「もし、私があなただったら、彼とは離婚するだろうね。」

思い浮かぶのが「もしもピアノが弾けたなら…」です。
「If I could play piano, I would tell her my love・・・」
過去仮定法なので、後に続く助詞が引っ張られて過去形ですね。

ちなみに仮定法過去完了が、ありえない過去の現象に対して仮定した場合です。
「If I had played piano, I would have told her my love.」
「もしも、ピアノが弾けていたなら、既に彼に思いのたけを伝えているよ。」
(「今は練習してピアノは弾けるけど、彼に告白しても既に時遅し」って意味が含まれる?)

仮定法過去完了はあんまり使うことはなさそうですね。
特に会話だと、If I were ・・・が色々使えそうです。

が、しかーし。仮定法だからと言って過去形の助動詞を必ず使うわけではありません。
「Once my skill has developed I will read more challenging stuff.」
「私の技術が進歩したら、もっと難しいヤツを読みます。」
これは、完了形であるので助動詞は過去形にしてはいけません。
もう一つ例です。
「If I am finished working by six o'clock, I can/will pick you up.」
これは未来のコト、もしくは現在進行形のことであるので、canもしくはwillを使います。
仮定法だから、couldかwouldだろ?思わないようにするのがポイントです。

こんがらがってきました。
まとめます。
仮定法過去の文体:つまりありえない現象を表すとき、に助動詞は過去形にします。

更に簡単にすると、
「If I were,・・・」の後に続く文の助動詞は過去形にします。
で、いいと思います。
If I were は日常でも使うので、その後の文章でwouldと続ければカッチョイイですね。はい。

 
(5月の中旬にCelebration Davisの「UCDの職員のみなさんありがとう」が主旨?というイベントがありました。ソーダにホットドッグ、あとは各ブースでプレゼントもらえます。Tシャツやタンブラー、ナップサック?、サングラス、脱毛ジェル!、車のサンシェイドなどなどお宝たくさんもらいました。一般向けのCelebration Davisもあったようで、知りませんでした。子供専用イベントや花火とかまであったらしいです。逃してました。また来年。があればいいな。)


Have a scene? 英語

Have a scene?
というフレーズがありました。主人公が彼女に振られてしまった後に、友人との話の一部です。
これは主語が略されており、正確には「Did you have a scene?」となります。

さて、ここの「scene」ですが、場面や状況ではあるのですが、僕は自然にプラスイメージを持っていたんです。しかし、ここでは
「Did you have a scene?」=「Did you have a big urgment」
と、言い換えることができるようです。

口論や論争、って意味ですね。
 
 「Have a scene?」;「言い争ったのかい?」って感じでしょうか?
もっと砕けたら「ひと悶着あったのかい?」ですかね。

他にも「scene」の使い方としては、「make a scene」ってのもあります。

ググったら以下でした。
______________________________________
 
7:可算名詞 《口語》 (見苦しいふるまいの)大騒ぎ,醜態.
「His old girlfriend made a scene at his wedding. 彼の昔のガールフレンドが彼の結婚式で(泣いたりわめいたりして)騒ぎ立てた.」
______________________________________

レストランなどで、以下のように使われるみたいです。
 「Don't make a scene!」 
「大騒ぎするんじゃありません!」

まとめ
「scene」はそれだけでマイナスイメージである「醜態」という意味もある。

(近頃は雨が降っても一時的で、翌日は快晴で気持ちいいです。5月第4週日曜日は補習校の運動会)

5/20/2016

天使:Angelの代名詞は? He or She?

天使はいろいろたくさんいますね。

ユダヤ、キリスト、イスラムのどれにも天使は出てきます。
天使って男性?女性?

答えは、「性別はない。」
です。

さて、英語の文章でAngelが出てきてその後、代名詞を使います。
それはHeなのでしょうか?Sheなのでしょうか?

日本語だったら「あのお方」などとごまかせるのでしょうが、英語で天使をItじゃだめでしょう。

で、答えは…

「He」です。

キリストの「がぶりえる」も「He」、イスラムの方の「じぶりーる」も「He」。

ただ、明らかに女性の天使であれば「She」でもいいとのこと。

(先日デイビスは100°F;37℃を超えました。牛さんは、がぶがぶ水飲んでます。)